2026/02/03 09:00

「あんた!いつまでこの箱を置いておくつもりだい!?邪魔で掃除機もかけられないわよ!」

実家の玄関を開けるなり、母の怒号が飛んできた。

10年前、仕事の忙しさを理由に「一時預かり」をお願いしたドライボックス。

今やそれは実家の片隅で、母の逆鱗に触れる「開かずの箱」と化していた。

「それを取りにきたんだよ・・・」と苦笑いしながら、ボックスの埃を払う。

10年前、いろいろな場所へ共に出かけた相棒たち。10年という歳月は、果たして彼らにどんな試練を与えたのか。

 

絶望と、わずかな希望の光

恐る恐るボックスを開けると、そこは無情な世界だった。 

お気に入りだった標準ズームは、レンズの奥底に真っ白いカビの花が咲き乱れている。

 「あぁ、やっぱりな……」と肩を落とす私を見て、母が背後から追い打ちをかける。

「そんなカビが生えるまで放っておくなんて、カメラがかわいそうよ!あんたの情熱もカビたんじゃないの?」

……うるさいなあ。まだ生きてるやつだっているんだよ!」

必死に検品して、奇跡的に生き残っていたのがこの2本だった。

  1. Tokina AT-X 11-20mm F2.8 PRO DX 「お前、無事だったか!」広角でF2.8という明るさは、氷柱の全景をダイナミックに切り取るための生命線だ。
  2. Canon EF70-200mm F4L IS USM そして、私の宝物「白レンズ」。幸いレンズに曇りはない。しかもこれには**4段分の強力な手ぶれ補正(IS**がついている。三脚禁止のライトアップ撮影において、これほど心強い味方はいない。

EOS 7D Mark II、再始動

ボディは、堅牢さが売りのEOS 7D Mark II

 バッテリーを入れ、スイッチを回すと……「シュン」という小気味よい音とともに、液晶に光が灯った。10年前の感覚が、指先にじわじわと帰ってくる。

「よし、動くぞ。これで氷柱を撮りに行くんだ。」

「へぇー、まだそんな重たいもの持って出かける元気があるなら安心したわ。せいぜい良い写真撮ってきなさいよ。あ、帰りに道の駅で美味しいお漬物買ってきてね!」

母の現金なエール(?)を背に、私は機材をバッグに詰め込んだ。

 

記憶を頼りに「戦術」を練る

さて、あしがくぼの氷柱。通路が狭く三脚は使えないらしいが、今の私にはIS付きの白レンズと、F2.8の広角がある。

  • 昼の陣(14時〜): 白レンズ(70-200mm)の出番だ。氷のディテールや、走り抜ける「特急ラビュー」を狙おう。 「シャッタースピードは1/500以上だな。露出補正はプラスに振って、氷の白さを出さないと……
  • 夜の陣(17時~):ライトアップの全景を明るい広角レンズで撮影。望遠もIS付き白レンズ!氷柱のライトアップも手持ちでいけるはずだ。幻想的な世界を切り取るぞ。

 

寒さこそ、最大の敵

秩父の冬を舐めてはいけない。10年前の撮影旅行で、足の指の感覚がなくなった苦い経験が蘇る。

  • 予備バッテリーは胸ポケットへ: 寒さで電圧が落ちるのを防ぐ、昔からの鉄則。
  • 最強の防寒を: 今回はメリノウールを使用した登山用のインナーを上下で用意。その上に極暖フリース、ダウンジャケットを着れば氷点下にならない限り大丈夫!足元は特に冷えるので厚手の靴下に防寒ブーツで備える。
  • 念のための備え: 使い捨てカイロ(できれば靴用も)、ニット帽、マフラー、手袋(カメラ操作用に指先が抜けるもの)なども「あって良かった」となります。

明日の準備をしながら、ファインダーを覗く。
10年というブランク、開かずの箱として放置されていた機材・・・。
けれど、ファインダー越しに見る世界へのワクワク感は、あの頃と少しも変っていない。

今日は実家に泊まり、明日は朝から行動開始だ!
「待ってろよ秩父!」
あ、母ちゃんの漬物を忘れないようにしないと・・・。

 

出発当日の朝、まさかの大どんでん返し

「さて、そろそろ車を出すか……

コーヒーを飲みながら最終チェックとして公式サイトを眺めていた私は、ある一文に指が止まった。

『土日祝日のライトアップ鑑賞は、WEBによる事前予約制(車利用の方)』

「な、なんだって……!?」 慌てて予約ページに飛ぶも、時すでに遅し。

希望の枠はすべて「×」の文字。10年ぶりの情熱が、秩父へ着く前に立ち往生か……

しかし、絶望する私の目に救いの言葉が飛び込んできた。 

『電車での来場者は予約不要。駅改札内で整理券を配布します』

……これだ!」

車で行くよりも、むしろ電車の方が「予約なし」で確実に入れる。

しかも芦ヶ久保駅のホームから氷柱が見えるほどの至近距離。

なにより、あの「特急ラビュー」に揺られながら氷柱を目指し、駅で配布される整理券を手に会場へ向かう方が、なんだか撮影旅行としての情緒があるじゃないか。

急遽、車のキーを置き、西武線の路線図を広げる。


「電車なら、帰りにワンカップの一杯も飲めるしな……


独りごちて、私は家を飛び出した。 10年ぶりのシャッターチャンスまで、あと数時間。