2025/11/18 21:00

私たちが目にする世界は、カメラが捉える「記録色」だけではありません。
人の心には、長年の経験や文化を通じて培われた「記憶色(きおくしょく)」というフィルターがかかっています。
この記憶色こそが、写真を見た時の**「感動」や「違和感」**を生み出す、表現の重要な鍵となります。
記憶色 vs 記録色:なぜ写真は「物足りない」と感じるのか
1. 脳が作り出す「理想の色」:記憶色
記憶色とは、簡単に言えば「人が特定の対象物に対して、心の中に描く理想的な色」のことです。これは、カメラが光を忠実に捉えた「記録色」(実際の色)とはしばしば異なります。
日本人が桜の花を見た時を考えてみましょう。
- 記録色(実際の色): 太陽光の下では白っぽく、淡く、儚い、非常に薄いピンク。
- 記憶色(理想の色): 春の喜びや生命力を感じさせる、鮮やかで濃い、パッと目を引くピンク色。
記憶色は、実際の色よりも「そのものらしさ」が強調され、感動的で好ましい方向に変化して記憶される傾向があります。
2. ズレが感動を生む
人間は写真を見る時、「これは青空のはず」「これは緑豊かな木々のはず」という記憶色のイメージと照合します。
もし、カメラが忠実に捉えた「記録色」の写真を提示されると...
- 「空の色が薄いな…」
- 「緑がくすんで見える…」
と、「何か色が薄くて不自然だ」と感じてしまうことが多いのです。
私たちは、記録色ではなく、記憶色に近い色を見た時ほど「見たままの、感動的な光景だ!」と感じるようにできているのです。
写真表現における「記憶色」の活用
写真撮影において、この記憶色を意図的に操ることは、「何を、誰に、どう見せたいか」という意図を明確にする表現技術です。
1. メーカーの「おもてなし」としての記憶色
多くのデジタルカメラ(JPEG撮って出し)は、この記憶色を意識して画像処理が行われています。
- カメラメーカーの画像処理エンジンは、「青空をより深く青く」「草木の緑をより生き生きと鮮やかに」自動で調整しています。
- これは、購入者に「私の撮りたい感動的な写真が撮れた!」と感じてもらうための、メーカーによる「おもてなし」と言えます。
- 例:「キヤノンは記憶色」「ニコンは記録色に近い」といった表現は、メーカーごとの色の傾向を表しています。
2. 日本の情景と記憶色
私たちが心に描く日本の情景も、記憶色が深く関わっています。
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夏の青空と入道雲 : 実際より深く、鮮やかな青を強調することで、爽快感、夏の解放感、少年時代の記憶などを想起させる。
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紅葉 : 赤や黄色、オレンジの彩度を極限まで高めることにより、一年で最も色彩豊かな瞬間や燃えるような美しさへの畏敬の念を抱かせる。
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夕焼け : 実際よりも暖色(赤み・オレンジ)を強めることにより、一日の終わり、郷愁、温かい気持ちを思い起こさせる。
このように、風景写真や観光写真では、「見る人が『そうそう、あの時見たのはこんなに美しい光景だった!』と共感し、感動してもらうため」に、記憶色に近づくようにレタッチ(後処理)が行われます。
3. レタッチで記憶色を表現する具体的なテクニック
RAW現像などのレタッチソフトでは、記憶色を表現するために以下の調整を意図的に行います。
- 彩度(Saturation)を上げる : 空の青や木々の緑など、特定の色の「鮮やかさ」を上げ、「らしさ」を強調します。
- 明度(Luminance)の調整 : 暖色系の明度を上げて明るくし、冷色系の明度を下げて引き締めるなど、色の印象を操作します。
- ホワイトバランスの調整 : 前回の話のように、温かみや冷たさを強調し、好ましい雰囲気を作り出します。
まとめ
記録色が「事実の伝達」を目的とする(商品撮影、学術記録など)のに対し、記憶色は「感情や美しさの伝達」を目的とします(風景、ポートレートなど)。
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