2025/10/28 09:00


「目は口ほどに物を言う」――。この有名なことわざが示すように、言葉を尽くしても隠せない感情が、目には表れてしまうものです。

そしてこの「目」の重要性は、写真の世界でも揺るぎない真実です。

人物であろうと、愛らしい動物、はたまた小さな昆虫でさえも、目にピントが合っていない写真は残念ながら「失敗」と見なされがちです。

撮影者の情熱や意図がどれほど深くても、世間の評価は冷酷なまでに「目」に集中します。それほどまでに、目には被写体の「説得力」が宿ってしまうのです。

 

動物園撮影の「魔のトライアングル」

最近、動物園のちょっとした坂でも息切れするようになった私。体力の衰えはさておき、カメラを構える時の集中力だけは、まだ若い者に負けたくありません。

しかし動物園での撮影は、「目」にピントを合わせるというシンプルな目標を、恐ろしく困難なものにします。

 

①望遠レンズの宿命 : 浅い被写界深度 檻や柵、距離を乗り越えるために、ほとんどの場合、望遠レンズを使います。望遠レンズの特性として、ピントの合う範囲(被写界深度)が極端に浅くなります。

②動物の形状 : 鼻が前! トラもライオンもキリンも、多くの動物は鼻先が一番前に突き出しています。

AFの罠 : 鼻に合うピント オートフォーカス(AF)に頼ると、カメラは「一番手前のもの」にピントを合わせがち。結果、目ではなく、前に突き出た「鼻」にピントが合っている写真ばかりになってしまうのです。

 

究極のバランスと集中力

そこで、この「鼻ピント問題」を解決し、目にシャープなピントを合わせるために、私たちは格闘することになります。

 

①被写界深度を深める(絞る) : 絞りを開放気味にすると、ピント合わせがシビアになるため、F値を絞り込みたくなります。

②遅くなるシャッタースピード : 絞り込むと、取り込める光の量が減るため、シャッタースピードが遅くなります。

③画質の低下 : シャッタースピードを稼ぐためにISO感度を上げると、ノイズが増え、画質が悪くなります。

 

絞り・シャッタースピード・ISO感度――この三者のバランスを取るのが、なかなかに難しい。体力を削られながら、私はこの絶妙なバランスを探り続けます。

一瞬のシャッターチャンスを逃さないため、AFでざっくりとピントを合わせた後、**クイックマニュアルフォーカスでピントリングを微調整し、「目」に合わせる。**この連続作業は、尋常ではない集中力を要求します。

少しでも気を抜けば、すぐに「鼻ピント」に戻ってしまう。

 

正面顔の魅力と、甘いピントの悲劇

もちろん、斜めや横顔から撮影すれば、鼻と目の距離が短くなるので、ピントの問題は軽減します。

しかし、動物の「正面顔」って、なぜか抗えない魅力があるじゃないですか!

カメラを見据えるその瞳に、野性や知性、そして時にユーモラスな表情が凝縮されます。だからこそ、真正面から、その目力のすべてを写し取りたい。

最高の表情、最高のポーズ、最高の光。すべてが揃った「シャッターチャンス」に恵まれたとしても、家に帰って拡大してみた時、「ああ、ピントが甘い……」と気づいた時の、あのガッカリ感。うっかり酒量が増しますね。

 

と、ここまで読んで「カメラは面倒くさい」と思ってしまった方、ごめんなさい。

私たちベテランが苦労してきたこの「鼻ピント問題」は、現代のカメラの技術力によって、劇的に解決に向かっています。

 

現代カメラが導入した「目の特効薬」:瞳AF

最近のデジタルカメラ、特にミラーレス一眼カメラの進化は目覚ましく、

「瞳AF(ひとみオートフォーカス)」という機能が広く搭載されています。

従来のAFが「一番近いコントラストの高い部分」にピントを合わせがちだったのに対し、瞳AF被写体の「瞳」を自動で認識し、そこに優先的にピントを合わせ続ける機能です。

 

人物撮影で威力を発揮したのはもちろん、動物園の悩める写真愛好家のために、さらに進化した機能が登場しています。

それが**「動物瞳AF**です。

これは嬉しい自動認識・自動追尾 : ライオンの正面顔で鼻が前に突き出ていても、AFを設定すればカメラが賢く「瞳」を検出し、被写体が動いてもピントを合わせ続けてくれます。

本当に嬉しい「鼻ピント」からの解放 : 望遠レンズで浅くなった被写界深度の中でも、ピンポイントで目にピントを合わせる苦労から解放され、あなたは構図とシャッターチャンスだけに集中できます。

 

もちろん、この優れた機能は一眼レフでもライブビュー撮影時に利用できる機種はありますが真価を発揮するのは、やはり最新のミラーレス一眼カメラです。

 

長年の経験と技術に加え、最新の機材が持つ「瞳AF」という強力な武器を使えば、あの正面顔の瞳に吸い込まれるようなシャープな写真を、より高い確率で手に入れることができるでしょう。

「目は口ほどに物を言う」。

このことわざは、写真の奥深さと、シャッターを押すたびに試される写真家の集中力と技術を、静かに物語っているのかもしれません。

さあ、次はどの動物の目に、私の全てを賭けてピントを合わせようか。

園内の移動で疲れた体を叱咤しながら、今日も私はレンズを覗き込みます。